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第 6 代大学院研究科長からの挨拶

 第 6 代大学院研究科長からの挨拶 ⇒英語版 

 私は 2016 年(平成 28 年)4 月から 4 年間にわたり、本学大学院研究科長を務めて参りましが、2020 年(令和 2 年)3 月末をもって、その任を終えました。この間ご支援、ご鞭撻を頂きました皆様に心から感謝申し上げます。 
 振り返ってみると、2014 年(平成 26 年)7 月 7 日に発行した「山形県立保健医療大学大学院保健医療学研究科作業療法学分野 10 年間のあゆみ」で次のように述べました。「11 年目を迎えた作業療法学分野の次なる目標は、他大学大学院と協調しながら、新規性と独創性の高い研究成果を公表し、博士課程の設置に継げることです。」そして、2015 年(平成 27 年)1月元日に「大学の使命」と題し、作業療法学科・作業療法学分野を代表して年頭のごあいさつを致しました。その最後に、「真のリーダー育成が大学の使命とするならば、博士課程は必要不可欠です。“今年こそは、その道筋を付けたい!”」と締めくくりました。 
 当時、私は大学院教育課程検討委員会の副委員長を務めており、大学院博士課程の設置に向けて種々の情報収集をしておりました。2015 年(平成 27 年)4 月 10 日には、山形県健康福祉部を訪れ、当時の大学院研究科長、事務局長とともに、博士課程の必要性を当時の企画課長に熱くお話しました。当初、理学療法学分野と作業療法学分野を合わせたリハビリテーション学専攻による博士課程の設置を目指しておりましたが、この時期までに、看護学分野を含めた保健医療学の 1 研究科1専攻で進めることにまとまりました。
 同年 8 月 11 日には、弘前大学学務部教務学生課長・教育改革推進室長にご来訪いただき、「大学院教育課程の現状と未来」の題目でご講演いただきました。そして、私たちは文部科学省大学大学設置・学校法人審議会へ 2016 年(平成 28 年)3 月に申請することを目指して準備に取り掛かりました。毎月、進捗状況を確認しながら準備を進めておりましたが、山形県からの博士課程設置に対する具体的な返答がなく、不安にかられながらの作業でした。 
 私は 10 月 14 日の教育研究審議会で理事長選考会議の委員に選任されたため、作業療法学科長と博士課程申請業務に加え、理事長選考に関わる業務が加わりました。11 月 11 日には第 1 回理事長選考会議が開催されました。12 月 9 日の経営審議会と教育研究審議会で理事長候補者が一本化され、第 2 回理事長選考会議で候補者が決定する予定でした。当時の私は、第2回理事長選考会議が順調に行くものと信じておりました。そこで、12 月 8 日には、理学療法学科と作業療法学科の合同会議を開き、研究科長同席のもとで、各分野の科目構成と名称を協議しました。 
 ところが、第 2 回理事長選考会議が不調に終わったため、博士課程設置に関する業務が停止する事態に陥りました。私はあちらこちらを奔走しながら、着地点を見出せないまま年越しとなりました。2016 年(平成 28 年)1 月 7 日の午後には、健康福祉部医療統括監と面談し、現状をご説明しました。
 1 月 20 日を期に、先の方向性が見出され、博士課程設置に関する業務を再開することができました。この時点から、3 月 18 日の申請に向け昼夜を問わず働きました。しかしながら、博士課程設置を山形県知事にお願いする機会に恵まれないまま、時が過ぎていきました。 
 博士課程設置の申請書類は、当時の事務局長と教務学生係長ならびに事務局の方々のご尽力で 3 月上旬には完成し、山形県知事からの了承を得るばかりでした。しかし、山形県議会が終了しても知事との面会ができないまま、申請日が刻々と近づきました。そこで、当時の理事長兼学長の判断を得て、文部科学省への申請を行いました。 
 2016年(平成 28 年)4 月からは、研究科長が理事長兼学長になり、私が研究科長を拝命しました。学長は、4 月早々に県知事に博士課程設置申請のご理解を得るため、あいさつに赴き承諾を得ました。5 月 31 日には審査結果が届き、13 項目の改善意見、 1 項目の要望意見、1 項目のその他意見があり、6 月 21 日までに補正申請を行うことになりました。6 月 8 日には私たちが文部科学省へ赴き、審査意見に対する具体的なご指導を頂きました。この間、学部の講義や臨床実習地訪問、大学院修士課程の講義や院生指導、学内委員会などの通常業務に加え、わずか 3 週間で補正申請書を作成するために無我夢中で取り組んだことを昨日のように思い出します。 
 そして、2016 年(平成 28 年)8 月 31 日に、本学大学院博士課程の設置が文部科学大臣から正式に認可されました。そこから、大学院入学者選抜試験(大学院入試)の日程と詳細を決め、2017 年(平成 29 年)2 月 4 日に初めての博士後期課程の大学院入試を行いました。定員 3 名に対し、5 名の合格者を出して安堵致しました。また、准教授以下の教員の研究時間確保のため、学内委員会の大幅な見直しがなされました。研究科委員会には、博士後期課程研究担当部会を設置しました。 
 2016年(平成 29 年)4 月から待望の大学院博士課程での教育を開始しました。そして、博士課程の開設に伴い、これまでの修士課程を博士前期課程(2 年課程)と改め、博士後期課程(3 年課程)とともに、一貫した大学院教育を行うことになりました。博士後期課程の第 1 期生として 5 名(看護学分野 2 名、作業療法学分野 3 名)が入学しました。この年は、学位審査基準を明確にするための議論が博士後期課程研究担当部会を中心に進みました。 
 この年から、大学院入試の日程を 9 月上旬から 12 月へと移動し、学部 4 年生の卒業研究の進捗状況に合わせた受験を可能にしました。2004 年(平成 16 年度)の大学院修士課程の設置以来、大学院入試は、1 次募集で定員を上回ることができずに、2 次募集を実施することが常習化しておりました。しかし、この年の大学院入試では、博士前期課程 17 名(看護学分野 2 名、理学療法学分野 6 名、作業療法学分野 9 名)、博士後期課程 6 名(看護学分野 1 名、作業療法学分野 5 名)の合格者を出すことができ、2 次募集を行わずに済みました。また、2018 年(平成 29 年)10 月 25 日の研究科教員資格審査委員会において「研究科教員の資格審査申請に関する申し合わせ」を定めました。
 2018年(平成 30 年)度に入ると、大学院生の研究成果が次々と公表されるようになり、Clinical Anatomy や Surgical and Radiologic Anatomy などに掲載されました。さらに、この年は学位申請の手引きの作成に力を注ぎました。大学院博士前期課程の主研究指導教員も増え、大学院教育が充実してきました。この年の大学院入試は、前年度に引き続き博士前期課程 12 名(看護学分野 3 名、理学療法学分野 2 名、作業療法学分野 7 名)、博士後期課程 3 名(看護学分野 1 名、作業療法学分野 2 名)の合格を発表し、定員を満たしたため、2 次募集を行いませんでした。
 2019年(令和元年)度は、博士課程の完成年度でした。新入学の大学院生は、博士前期課程が修士課程からの通算で 16 期生、博士後期課程が 3 期生となり、博士前期課程には 30 名(看護学分野 6 名、理学療法学分野 8 名、作業療法学分野 16 名)が在籍し、博士後期課程には 14 名(看護学分野 4 名、作業療法学分野 10 名)が在籍しておりました。学院生の出身地は北海道、青森県、岩手県、秋田県、山形県、宮城県、東京都、大阪府、広島県、熊本県、沖縄県と全国にわたりました。また、この年度から日本学術振興会特別研究員に採用され、研究に専念できる院生が誕生しました。この年度に、大学院博士後期課程初めての修了生を出しました。彼らの博士課程での研究成果は、Journal of Shoulder and Elbow Surgery や Cortex などに掲載・受理され、うれしく思いました。
 研究科長を務めた 4 年間は、瞬く間に過ぎ去りました。その昔、「大学は大学院博士課程まで備えてこそ、一人前である。」と恩師の二唐東朔先生からご教示頂きました。私が 2000 年(平成 12 年)4 月に着任したころの夢であった大学院博士課程が 20 年の歳月をかけて完成し、研究科長のたすきを渡し終えた今、安堵の気持ちで一杯です。
 これからは、私のもとに集った多くの大学院生や学部生の研究指導とともに、次世代のリーダー育成に尽力して行く所存です。この先の発展にご期待ください! 
2020 年(令和 2 年)4 月 1 日